旧鎌倉図書館解体ストップのために① 緊急シンポジウム報告

2015年5月1日 イベント / 旧鎌倉図書館

図書館とともだち会報170号掲載

2月1日、NPOセンター鎌倉で、緊急シンポジウム「旧図書館の保存・活用を求めて」を開催しました。

準備期間が短いなか、69名もの参加がありました。

会場が手狭で中に入れず資料だけ持ち帰った方もいて、この問題に対する市民の関心の高さを示す盛況ぶりでした。

以下、講師のお話しと参加者からの発言を順を追って紹介します。

鎌倉のよき先例に学ぶべき

二人の講師をお招きして30分ずつお話しいただきました。

一人目は建築家でTOTOMOの会員でもある山手総合計画研究所代表の菅孝能さんです。

まず、旧図書館の建物について建築家の視点からその特徴を説明されました。
屋根が瓦葺で縦長の窓、玄関ポーチが室内化され、本の重みを支えるために柱が1間ピッチに立っている。

室内の階段はアールデコ調のシンプルな造り、2階の婦人読書室はオリジナルな形を一番残している。

書庫の3層は天井板がないので屋根裏がキングポストトラスで組まれていることがわかる。

書架も当時の楔で組まれたものが残っていて貴重である。

続いてこの建物の保存価値について次のように述べられました。

一つは、文化遺産的価値があるということ。
国宝館の建設や英勝寺山門の保存に大きく貢献した間島弟彦という篤志家の寄付で建てられた貴重な文化遺産であることに価値がある。

加えて、財政難で今後ますます市民の支えを必要とする自治体運営を考えるとき、鎌倉には民間の篤志家によるまちづくりへの貢献というよき先例があることを忘れてはいけない。
先人の功績に敬意を払うことなく安易に取り壊すことは新たな篤志家の誕生を阻むことになる。

二つ目は、単体としての価値だけでなく、御成小学校の旧講堂、正門と合わせて鎌倉らしい街並みの景観をつくっていることに着目すべきである。

通りを挟んで以前建っていたお屋敷がマンションに建て替えられてしまっている今、ますます貴重な景観をなしていると言ってよい。

最後に今後の活用方法や保存・活用のための改修費用は市民も資金作りに取り組む必要があることなどにも触れられました。

今小路を歴史まちづくりの重点地区に

二人目の講師は、鎌倉の世界遺産登録を目指す活動で中心になって尽力された歴史研究家の内海恒雄さんです。

ヨーロッパの歴史ある都市の市庁舎には伝統的な建物が多い。
市民は教会や国王に抗して自治を獲得したシンボルとして市庁舎に誇りをもっている。
ひるがえって鎌倉はどうか、という問いかけから話が始まりました。

強調されたのは、歴史遺産を点ではなく面としてとらえることが必要ということでした。
鎌倉の世界遺産登録の推薦対象として御成の裏山も入れた。
個々の寺社などの遺産は周辺の自然や街並みと一体のものとして存在しているからである。
世界に誇れる古都の風情を残すには、歴史的遺産を点でとらえる古都保存法では限界があった。
2008年の歴史まちづくり法の成立によって、歴史的風致を維持・向上させるまちづくりに取り組むことができるようになり、世界遺産登録の展望が開けてきた。

具体的には重点地区を定め整備計画をつくる必要があるが、私は浄光明寺から寿福寺、六地蔵などを経て海岸に出る通りが重点地区として一番ふさわしいと考えている。
英勝寺の山門があり、八坂大神、巽荒神があり、高野邸、古我邸などの洋館がある。
鎌倉彫発祥の後藤家、刀鍛冶正宗の山村家があり、中世以来の伝統的産業が残る地域でもある。

市役所、御成小あたりは古代の郡衙、中世の御家人の屋敷や職人の住居が地下に眠っている。
また、ここには御用邸があった。諏訪神社の祭礼のとき町民は御用邸の中に入れた。関東大震災では避難場所にもなった。
御用邸こそ鎌倉が誇りうる最大の場所である。

六地蔵のうしろには松尾芭蕉のアンチ徳川幕府を含意する句が刻まれた碑があり、古墳の名残をとどめる和田塚が続く。
古代から近代までを網羅する歴史遺産が面となって存在するこの区域の中心に旧図書館は位置している。

それなのに、庁内検討会議の議事録を読んで驚いた。
間島弟彦のことも知らなければ旧図書館の歴史も知らない、景観のことも考えていない。
行政の会議だけで旧図書館の解体を決めている。市民不在の行政に今こそ市民は声を上げなくてはいけない。

過去からの贈与を次世代につなげよう

次に、参加者の発言を一部紹介します。
「鎌倉には先人から贈られたものがたくさん残っている。それが鎌倉の財産であり、魅力となっている。

それらを守り育て、次世代に伝えていかないといけない。間島さんの贈り物である旧図書館も同様で、これを壊したら鎌倉市民は笑われる」

「鎌倉は伝統的に市民自治の精神が強い土地柄である。

戦国時代に鶴岡八幡宮を再建する際、北条氏が資材調達のために周辺の木を切ろうとしたときや、明治に入ってから八幡宮が池をつぶして畑にしようとしたときも、鎌倉のまちの人たちは反対して景観を守ってきた。

今回の問題でも鎌倉のよき伝統を受け継いで市民は声を上げるべきだ」などの意見が出されました。

最後に、旧図書館の取り壊しを中止し、その歴史的・文化的意義について検証の場を設けることを求めるアピール文を参加者一同の名で採択して終了しました。

アンケートに「この町にとって、何が大切なことかを市民の一人として意識を持って考え、暮らしていかなければならないと、心から思わされました。

長い間に築かれた鎌倉の歴史を知り、これからの市民の未来に何を残していく必要があるのか、市民レベルで知り、話し合い、伝え合う場が無くてはならないと思う」などの感想が寄せられています。

参加人数の多さだけでなく、内容も有意義で充実したシンポジウムであったことを物語っていると思います。